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プルシェンコ 羽生 言葉:皇帝の知られざる真実 [エンタメ]

この記事では

プルシェンコ 羽生 言葉:皇帝の知られざる真実
について書いています!

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ソチオリンピックが終わってだいぶ立ちました。
それでもまだ、ソチで活躍した選手の話題消えることはありません。

あらためて、知ったことなのですがフィギュアスケートでは、
熱いどらまがあったのですね。

皇帝プルシェンコ選手が 羽生選手に むけた言葉が、
なんといっても、すばらしい。

オリンピックは、世界のトップアスリートたちの
あつまるスポーツの祭典です。
スポーツの技術力やパフォーマンスが神懸かり的なのは
もちろんですが、選手同士やその他の人間ドラマ
について注目しても、すばらしいものがあります。

今回は今大会初の日本人金メダリスト 羽生選手と
羽生選手の追い求めてきた 皇帝プルシェンコ選手についてです。

羽生選手は4歳からフィギュアスケートの練習を開始しています。
19歳でかなり若い選手だなと思いますが、
フィギュアスケート暦として15年なんですね。
15年の膨大な練習の結果としての金メダル。
やはり、天才や才能といった一言で片付けるしまえるような
ことではないと感じます。

運命の出会いは2002年のソルトレイクシティオリンピック。
ここで、ロシア代表のプルシェンコ選手をみてあこがれを抱きます。
髪型をプルシェンコ選手と同じマッシュルームカットにしたり、
自分のサインをきのこに模したものを発案したりと、
かなりのめり込んでいます。

そのころから、「プレシェンコ選手は僕のヒーロー」として、
彼のようになれるように、そしてオリンピックで金メダルを
とれるようにと、練習を重ねて来た羽生選手。

そして、ソチオリンピック開幕。
しかし、思いも寄らない出来事が起きました。
「皇帝 プレシェンコ 腰のけがのため棄権」
そして、今大会で引退と話していたため、
同じ舞台で戦うことはかないませんでした。

そして、羽生選手は金メダルを取りました。
そのとき、プレシェンコ選手が羽生選手にかけた言葉が・・・

「僕は彼のヒーローだったが、今は彼が僕のヒーローだ」

短い言葉ではありますが、
ずっと、ずっと追いかけてきたヒーローに
こんな言葉をかけられたら。
金メダルよりもなによりも、羽生選手にとって一番価値のあったことは
この言葉のような気がしました。

もしかすると、プレシェンコ選手が羽生選手のコーチになるかもしれないと、
いう話が出ています。
これが実現したら、またさらにフィギュアスケートが
面白くなることまちがいなしでしょう。

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プレシェンコ選手について、あとすこし。

長年フィギュアスケートをやってきた代償という
ことでしょうか。知ってビックリしました。

 ・腰にボルト3本・人工椎間板が入ってる
 ・ヒザの半月板が無い
 ・人間用の痛み止めが効かないので馬用の薬物を使用


首から下の身体は全てボロボロ です。
それでも、痛み止めを服用しようとして、
リンクに立とうとしていたとのことです。

フィギュアスケートにたいして、一途すぎる一面を
初めて知りました。羽生選手もそうですが、
皇帝 プレシェンコ選手も単なる天才・才能で
説明するのはあまりにも失礼。

そんな気がしました。




以上
プルシェンコ 羽生 言葉:皇帝の知られざる真実
でした!
最後までありがとうございました!

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